技術の壁

前回のお話し 2年目の人事問題


入社2年目に技術力のある社員が退職したことは、会社にとっても私にとっても大きな影響を与えました。社内で金型製作に関する技能や知識がある人がいなくなったのです。


私の父は手加工やものづくりへの考え方に関しては非常に優秀で、技術力がありましたが実際に金型を製作することは専門外だったため微調整や勘所まではわかりませんでした。


そこからは書籍を参考にしながら金型設計や加工を行っていきました。古い書籍ほどノウハウや考え方に関する説明が書いてあり最新の書籍よりも重宝しました。

当時最も参考にしていた技術書 金型設計に関わる内容が詳しい

今まで作られた金型も分解してみてどのように作っていたのか観察して参考にしました。

しかし、書籍や既存の金型を観察するだけではうまく作れないものが出てきました。

それが、製品にアンダーカットがある、スライド機構が必要とする金型です。初めて製作したスライド型は、クリアランスや角度についての細かいノウハウがわからず、摺動部分にかじりが生じて動かなくなるなど苦戦しました。


当時、近所には1人や兄弟でやっているベテラン職人がいる金型屋が数件がありました。

その型屋さんに自分の作ったものをもって行き見てもらうようにしました。

最初はなんで他社にノウハウ教えなきゃいけないんだ、仕事の手が止まるから迷惑・・・という感じでしたが何度か会いに行くうちに「ここがだめ」「考え方が違う」など、悪いところを教えてもらえるようになりました。いわゆるダメ出しです。

職人に仕事を「教えてください」とお願いするのは良くないと退職した方と接して感じていたので関係性が築けていない状態では教えを乞うようなことはしませんでした。

当時はどこが悪いのかすら分からないものもあり、悪いところを指摘してもらって直すヒントがもらえただけでもすごく嬉しかったのです。


何度か会いに行くうちに加工の仕方を教えてくれました。教わったことを実践して出来たものを持っていくと、次の課題や応用を教えてくれるようになっていきました。参考になる書籍を譲り受けたりもしました。

本質をついているから読みなさいと譲られた書籍 


ベテランの技術者が推薦する本は、自分の経験と照らし合わせて良し悪しを判断したものなので非常に参考になりました。

年に数回会いに行って教わる程度でしたが、技術を教えてくれる人がいない私にとってはそれでも非常にありがたかったのです。色々教わりましたが身にならなかったものもあります(きさげ打ちなど)。教わったことを自分が身に付けるには相応の時間を要するものもありました。


私が教わった様々な技術は、教えてくれた方々が困難に直面した時にどうすればうまくできるか考え、それを実践し、その結果を観察し改善を重ねて積み上げてきたものだと考えています。様々な苦労があったでしょうし、短期間では身につくものではありません。

私に金型製作の技術を教えてくれた方々は、その長い時間をかけて自分の中で苦労して得た知見を私に教えてくれていました。


このように金型技術について教えてくれる型屋さんは4社ほどありましたが、年齢も関係しリーマンショックを経てすべて廃業してしまいました。自分が経験したことがないことを教えてくれたことは非常にありがたいことであり、今でも感謝しています。


今でも自分が経験したことがない、他の人が経験したことを教わるのは尊いことだと考えています。


教わったことを仕事で実践し、暫くは忙しく仕事をしていましたが入社6年目の2008年に訪れたリーマンショックによって会社は存続の危機に陥りました。


つづく